【感想】映画「ボヘミアン・ラプソディ」伝説の男フレディ・マーキュリーの孤独から見るコンプレックスと才能論。

こんにちは、土谷愛です。

先日、今話題の「ボヘミアン・ラプソディ」を映画館で観てきました。

 

この映画はイギリス・ロンドン出身で1973年にデビューした伝説のバンドQUEEN(クイーン)を描いた実話にもとづくドキュメンタリー映画です。

 

ちなみに言うと私は1990年生まれで、クイーン世代では全くありません。

かつ、音楽や映画的な知見もなければロックファンというわけでもないのですが、そんな私でも劇中でかかる彼らの楽曲の多くを口ずさむことができるほど、彼らの楽曲はあまりにも有名です。

 

正直、今回この映画を観ようと思ったのは「人に誘われたから」という理由と、世界的ヒットを飛ばしている話題の映画だったので何となく、、という感じです。

だけどそんな私でも十二分に楽しめるすごく味わい深い映画でした。

 

というのも、私は普段からこのブログでよく「コンプレックスはその人のこの上ない才能になる」と発言しているのですが

その「コンプレックスと才能」というフィルターを通して映画「ボヘミアン・ラプソディ」を観てきたので、今回は私なりに感じた感想をシェアしたいと思います。

 

※個人的にこの映画に関しては、事前にネタバレを知ってるか否かは重要でないと感じたので、映画本編の内容にガッツリ触れてます。どうしても1ミリもネタバレを見たくない!って方はこの先を読むのは推奨しません。

 

フレディ・マーキュリーは天才だったのか?

この物語はクイーンのボーカルであるフレディ・マーキュリーという男性にメインスポットを当てる形で進んでいきます。

 

彼が空港で働くまだ何者でもない学生時代から、とあるきっかけでクイーンというバンドを結成し、仲間とともに世界的大スターに駆け上がっていく様子が描かれます。

その様子たるや、そりゃあもうすごい王道のヒーローストーリーといった感じ。

世界中の誰もがクイーンの演奏に、そしてフレディ・マーキュリーの歌声に熱狂するのです。

 

映画の序盤で私がまず考えたのは「フレディは果たして天才だったのか?」ってことでした。

というのも、そのたぐいまれなる表現力、歌唱力、カリスマ性、楽曲のオリジナリティに惚れ込み「フレディ・マーキュリーは天才だ」と称賛する人が実に多いからです。

 

世界中のファンも、専門家も、スタッフも、そしておそらく彼の身近な人々でさえも。

 

でも、映画を観ていた私はそうは思いませんでした。

「フレディは”天才”だったのではなく、音楽によって自分を表現する”才能”がとある理由によって身についたのでは?」と感じたんです。

 

どういうことか?と言うと

そもそも天才とは「生まれつき備わっている、並み外れてすぐれた才能」と辞書にあります。

つまりフレディを天才と呼ぶとすれば、彼は生まれたときから音楽の才能が人並み外れていた、ということになります。

 

それに対して、才能とは「物事をうまくなしとげるすぐれた能力」です。

ここに”生まれつき”という意味は含まれていません。

ということは、才能は生まれた後に身につくものであると考えられますよね。

これはその人が出会う人や積み重ねた経験によってさまざまな価値観や能力が磨かれていくことで、最終的に「才能」が完成する、という意味で私はとらえています。

 

フレディの人並み外れたその音楽の才能は、天才ではなくとある理由で身についたものだ。

と私は先ほど言いましたが、一体どんな理由で身についたのか?

 

その答えは彼の強いコンプレックスにあると私は思いました。

 

天才と呼ばれた男のコンプレックス

私がフレディが天才ではないと思ったのは、彼が誰よりも人間らしいごく普通の人に見えたからです。

 

例えば彼は周囲には「イギリス出身だ」と公言するものの、実はその生まれはザンジバルからの移民であることを隠していました。きっとそのことで差別的な目で見られて生きてきたのでしょう。

 

彼はロックが好きで、明るく自由奔放な性格だったけれど、そんな彼とは正反対にフレディの父親は厳格でした。

父親はフレディのルールに縛られずにフラフラと生きていく姿を内心ではひどく心配していたからでしょうか、家で顔を合わせれば「規律正しく、品行方正に生きろ」と口酸っぱく言い続けていました。

こんな父子の間には決して埋まらない溝があったように思えます。

 

そしておそらく何より長い間彼を悩ませ続けたのは、彼がゲイであったこと。

彼は自分がセクシャルマイノリティであることに薄々気づきながらも、気づかないフリをしていました。

きっと移民という生い立ちや、”品行方正ではない”自分の性格を否定されていたことから、マイノリティになってしまうことの生きづらさを誰よりも感じてきたからだと思います。

 

こんなふうに、フレディには人並みもしくはそれ以上にたくさんの悩みがありました。

きっと誰よりも自分自身にコンプレックスを強く感じていたはずです。

 

だけど私はそれこそが彼の音楽的才能を生み出したんじゃないか?と思うんです。

誰よりも孤独であったことが。

 

繰り返しますがここで指している彼の孤独とは、上に書いたように移民であること、セクシャルマイノリティであること、家族との確執からありのままの自分が愛されているか不安であったことです。

 

とくに映画の中では、自分がゲイであることで、自分は子供やいわゆる”普通の家族”を持てないと思っていた。そんなコンプレックスに強く葛藤しているように見えました。

 

そしてその葛藤に拍車をかけたのが、意外なことに周囲からの愛情だったのではないかと思います。

いちばん近くにいる仲間だったバンドメンバー達は大人になるにつれてそれぞれが女性と恋愛し、家族を持ち、幸せに過ごすようになります。

そんな彼らは、フレディのセクシャルマイノリティを知ってか知らずか明らかではありませんが「フレディ、俺たちは家族だよ」と変わらず接してくれるのです。

けれど彼にとってはその言葉がどんなに重い言葉だったか。

 

映画の中でフレディ自身はとくにそのような発言はしませんでしたが、私が感じ取ったのは「俺たちは家族だ」と愛情を向けられることによって

逆に「そうは言ってもお前たちは他に家族がいるじゃないか。俺にはいないのに。俺はお前たちとは違うんだ。普通じゃないんだ」という感情がわきおこっても不思議じゃないなあ、ということ。

 

どんなに仲間やファンがいても、世界的ヒットを飛ばして大スターになっても満たされない。

彼は大切な家族の言葉も仲間の友情も含めて、周りの人の愛情を素直に信じることができなかったんじゃないか?ってそう思いました。

 

その孤独や苦しみをまぎらわすために、音と言葉を使って自分を表現し続けた。

もともと人より少し好きで得意だった音楽で。

それがフレディ・マーキュリーの人生だったんじゃないかな、と映画を観ながら私は感じてました。

 

だからフレディが天才と呼ばれるゆえんとなった音楽の表現力は、実は決して天に与えられた才能なんかではなくて

「誰よりも孤独であるがゆえに音楽に没頭できた」という意味で、彼自身が自分の手で生み出した才能だと思いました。

 

だからきっとこの映画のタイトルにもなった『ボヘミアン・ラプソディ』という独特な楽曲が書けたのかなと。

冒頭の3分間がその『ボヘミアン・ラプソディ』です。

このシーンは映画でも忠実に再現されていて、この曲を聴くためだけに映画館に行くのも納得できるほど魂が震わされる歌声でした。

 

一部和訳された歌詞を見ると

「さようならみんなもう行かなくちゃ 君たちと離れて現実と向き合うからさ」

「僕は死にたくない 僕なんて生まれてこなければよかったって思うことがある」

なんてフレーズがあって、ここに彼の葛藤と苦悩が垣間見える気がしますね。

 

この『ボヘミアン・ラプソディ』は、もし彼に強いコンプレックスがなかったら絶対に書けなかった曲だと思いました。

例えどんなに優れた音楽をつくる天才であってもきっと書けなかった曲。

孤独というコンプレックスを生涯にわたって抱えてきた彼だからこそ、天才じゃないからこそ生まれた曲。

 

今実はこのボヘミアン・ラプソディをエンドレスで聴きながらこのブログを書いてますが、なんかもはや泣けてきます。

ちなみにもう一度言うと私はとくに大のクイーンファンというわけではありません。笑

 

コンプレックスを磨き続ければいつか伝説になる

かなり色々と考えさせられましたが、結局この映画を通していちばん感じたことは

誰でも努力すればフレディのような世界的大スターになれるとまではもちろんわからないけれど

 

自分の過去のコンプレックスと向き合うこと、

才能に変える視点を持つこと、

その才能を磨き続けることで

少なくとも誰かを動かす”何者か”にはなれるのではないか?ということです。

 

「泣ける映画」「音楽のすばらしさ」という感想が多いみたいですが、個人的には「コンプレックスが才能になり人を感動させることができる」と証明されたような、とても勇気をもらえる映画だったと思います。

 

最後に私自身の話を少しさせてください。

私は子どもの頃から、自分の内気で人見知りな性格をずっとコンプレックスに感じてきました。

 

学校では積極的に手を挙げて発言すれば加点され、

明るくおしゃべりな子がクラスの人気者になり、

とにかく大人しく内向的で、そういう周囲への働き方や自ら発信することがうまくできない私はいつもマイノリティでした。

 

だって世間は社交的な人のためのルールが本当に多かったから。

だからずっと息苦しかったです。

 

それでも、そんな自分を変えようと奮い立たせて22歳で営業職になりました。

ところがそううまくいくはずもなく、セールスは全然できなくてお客さんからも罵倒され、自分をさらに否定して生きていくしかありませんでした。

 

だけど24歳になって初めて、こんな私の性格を「才能だ」と言ってくれる同僚に出会ったことで、自分という存在のとらえ方がガラッと変わるきっかけになったんです。

自分の短所を直すんじゃなくて、むしろこれが私だ、と胸を張って生きていきたいと初めて思えて。

そうなって初めて私は、自分のコンプレックスを才能かもしれない、と信じて磨き続けることになりました。

 

その結果

残念ながら私はフレディのように世間をゆるがす有名人になったとかでは全くないけれど

それでも少なくとも関わってきた数百人のクライアント、数十人の部下がいて、そのうちの何人かには涙を流してお礼を言ってもらえるくらいにはきっと人生で強いインパクトを与えることもできました。

 

さらに今ではそれをこの記事のように、ブログやメルマガを通して多くの人に発信したことで

顔も知らない・会ったこともない人に「ファンです」「感動で涙が出ました」と言ってもらえるようにまでなりました。

 

ちょっと大げさかもしれないけど、これだって私みたいな人間でも何者かにはなれたっていう希望の証明だと感じてます。

 

コンプレックスと向き合うのはときにものすごく苦しいけど、向き合ってきてよかった。

自分を見つめたことで生きやすくなった。

私みたいにコンプレックスを抱えて苦しむ人にも、この感覚を味わってほしいと本気で思ってます。

 

 

 


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私は元々コンプレックスをこじらせたダメ会社員でしたが
今では会社を辞めても十分な収入を得られるようになりました。

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ABOUTこの記事をかいた人

28歳 個人起業コンサルタント。 22歳から働きまくってトップ営業マンになり、 25歳で広告ベンチャーの最年少管理職にのぼり詰めるも 雇われて生きることに疲れ、起業家の道へ。 好きな言葉は『本質・最短・効率化』。 趣味は仕事♡ キラキラインスタ女子と真逆にいる、冷めてる系女子です。