プロフィール

初めまして、土谷 愛(つちたにあい)です。

一体どんなやつがこのブログを書いてるんだ!?
と思っている方もいらっしゃると思うので自己紹介をさせてください。

 

土谷 愛(つちたに あい)/セールス・起業コンサルタント

人見知りでおとなしい性格が子どものころからずっとコンプレックス。
そんな自分を変えたくて、22歳新卒で営業職になる。

初めは売れる営業マンをマネて”明るい体育会系キャラ”を無理やり演じていたものの、ストレスが溜まる一方だったので、自分には合わないと諦める。

そこから人見知りの自分だからこそ得意なことに目を向け、営業スタイルをガラッと変える。
その結果、営業成績が爆発的に伸び、24歳で某広告会社のトップ営業マンとして表彰される。

25歳で最年少マネージャー(管理職)となり、部下それぞれの持つ魅力を引き出すことに全力を注ぐ。
すると担当した部下20名のうち100%(全員)が業績を伸ばしたり、昇進するという現象を巻き起こし、再びマネージャーとしても表彰・評価される。

自分の魅力に目を向けてからは仕事も恋愛もすべてがうまくいくようになり
プライベートでは尊敬できる夫に出会い、2017年に結婚。

「自分の魅力に気づけば仕事も人生もうまくいく」

ことを確信し、もっと人の魅力を引き出したい!と27歳で会社を辞め起業。
人の魅力を見つけて、”どう表現すればその人の人生が楽しくなるか”考えるのが大好きです。

 

 

その人の持つ”魅力”を引き出して、人生を楽しくさせたい。

わたしは、自分の内向的な性格が子どものころから本当に大嫌いでした。

おとなしくて引っ込み思案で、集団でみんなの輪になかなか入っていけないタイプで、ずっと自分に自信がなくてメソメソしてばかりいました。

だからこんな自分を否定して「変わりたい」「明るくなりたい」って20年間ずっと思っていました。

 

でも大学を卒業して営業マンになり

「明るい自分」を演じていても売れなかったのに

「内気な自分」のままで営業してみたら

飛ぶように商品が売れるようになったことをきっかけに

 

自分の性格を”短所”ととらえず、むしろ”魅力”として活かすことで、セールスはうまくいくんじゃないか?

と思うようになったのです。

 

営業として結果が残せるようになると

自分に自信を持てるようになりました。

 

その結果、20年間のコンプレックスがスーっと消えて心が軽くなり、今では人生で悩むことがほとんどなくなりました。

 

 

仕事ではお客さんから感謝され

成果が出るから、昇進したり給料を上げてもらうこともでき

転職活動では希望通りの会社に入れるし

それまで苦手だった恋愛もすんなりうまくいくようになって

「一生一緒にいたい」と言ってくれる誠実な夫とも出会えました。

 

わたしは特別な努力をしたわけではありません。

ただ、自分の”ダメなところ”から”自分の魅力”に目を向けた、たったそれだけです。

 

 

だから

自分の魅力を知ることができれば

あなたの人生は良い方向に変わる

ということを、今自分に自信が持てずに悩んでいる人に、わたしは心から伝えたいです。

 

 

なおかつ、

わたしは人の魅力を見つけ出すのが大好きなので

自分に自信がない、昔のわたしみたいな人に

その人の魅力をどんどん引き出して

いい仕事して、いい恋愛して、人生楽しい!

って心から言ってもらえるようにしたいな、と思っています。

 

そんな人をひとりでも多く増やせたら、わたし自身めちゃくちゃ幸せだなって思うんです。

…と、こういう思いがあって、このブログやメルマガで発信しています。

 

 

このブログでは

・自分の魅力を見つける方法

・自分の魅力を活かしたキャリアや働き方

・恋愛がうまくいく考え方

・人生を楽しくするコツ

などを、私の経験から惜しみなく伝えていきます。

 

ぜひ興味のある記事からどんどん読んでください。

いいなと思う記事や質問があれば、ぜひ気軽にコメントやメールを送っていただけると嬉しいです^^

 

 

そしてここから先は

もう少し詳しく、わたしの人生の物語をお話しします。

 

0歳から20歳までコンプレックスをこじらせていた自分嫌いの女の子が、自分の魅力を見つけて人生を180度変えたストーリー。

 

読んだ方からは共感&感動のお声を多数いただく

なかなか面白い人生なので

ぜひ続きを読んでみてください^^

 

 

わたしが歩んできた人生

「トイレに行きたい」すら言えなかった子ども時代

4人兄弟の3番目に生まれたわたしは

小さなころから、ものすごく内気で人見知りな子どもでした。

 

例えば保育園に行くとき

送ってくれた母と離れるのが寂し過ぎて毎朝わんわん大泣き。

 

何とかなだめられて母と別れてからも

外で遊ぶ元気な友達の輪に入れず

教室の隅でぬりえをひたすら塗っていたんだそうです。

 

保育園の先生が母にわたす連絡ノートにも

「愛ちゃんは本当におとなしい子です」

と書かれる始末。

(全然喋らないから書くコメントがなかったんでしょうね…)

 

 

実際、

これは保育園のひなまつり行事で撮ってもらった写真なんですが

わたし以外の子はめっちゃ笑顔だったんですけど

わたしだけ全く笑顔ができてないっていう。笑

 

当時、母はずいぶん心配してたみたいです。

 

 

小学校に行くようになってからも

とにかく「おとなしくて目立たない」を絵に描いたような性格で

もちろん授業中に手をあげて発言することは皆無。

 

ひとつ、

覚えている中で超恥ずかしい思い出があって

 

小学校1年生になったばっかりのとき

授業中にトイレに行きたくなったんだけど

「先生トイレに行きたいです」って手を挙げて言うのが

本当に恥ずかしすぎて

どうしてもできなくて、

ずーーーっと我慢していたんです。

 

でも結局我慢しきれず、

なんと席に座ったまま漏らしてしまうという…

 

もうマジで恥ずかしすぎて鮮明に覚えてます。。

今これ書いてるのも恥ずかしいです。笑

 

 

結局そのときは

担任の先生の神対応に助けられました。

 

なんとね、

 

いち早く事態に気づいた先生が

授業中に教室の後ろで派手に転ぶ演技をして

転んだはずみで

水が入っていたバケツをひっくり返しちゃった!!

床が濡れちゃったーーみんなごめんね!

というめっちゃ神がかった演出をとっさにしてくれたので

なんとか事なきを得ましたw

 

素晴らしい先生に恵まれたおかげで

わたしはその後の6年間を何とか白い目で見られずに済みました…。

その先生の顔と名前は今でも忘れません。笑

 

 

とまあ、とにかくそのくらい

おとなしくて自己主張がまったくできない子ども時代だったわけなんです。

 

放課後になるとさっさと帰宅し

ひとりで近所の図書館に通い詰めてひたすら本を読むのが幸せでした。

 

今思うとめちゃくちゃ失礼なんだけど

可愛がってくれる近所のおばさんのことでさえ

怖いなぁ、、と当時は思ってましたね。

 

姉への憧れが消せなかった中学時代

そんな感じでおとなしかったわたしですが

3歳年上の姉は

わたしとは対照的にめちゃくちゃ明るくて、どこに行っても友達が多い人気者でした。

 

小学生の時からお姉ちゃんは

放課後は大勢の友達と帰っていて

家には毎日お姉ちゃんの友達が遊びに来てて…

 

大体ひとりで本を読んでるだけだったわたしは

姉は太陽でわたしは影みたいだなぁ、

ってずっと思って生きてきました。

 

いつもキラキラ明るい姉がすごくうらやましかったんですよね。

 

 

そんな姉は中学でバスケットボール部に入っていました。

 

そして姉が卒業したその年に中学に入学したわたしは

姉の後を追うようにバスケ部に入りました。

 

 

子どものころから本しか読んでなかったから

運動はどちらかというと苦手だったのに

なぜバスケ?!って感じなんですが

今思えば無意識に姉のマネをしてたのかなぁと。

 

それくらい、姉みたいになりたい思いが強かったんだと思います。

 

 

振り返るとこのころくらいから

無理して明るくて活発な自分を演じるようになっていきました。

 

バスケ部に入ってさも活発な性格のように見せる。

文化祭委員になってクラスをまとめてる風に見せる。

などなど…

 

本当の自分は内気で人見知りでおとなしいのに

そんな自分へのコンプレックスを

なんとかして打ち消したかったんだと思います。

 

キラキラ女子グループに入れたけれど…苦痛だった高校時代

中学校のときに身につけた

”明るい自分を演じるクセ”

実は高校になっても続きました。

 

 

高校生にもなると

メイクや髪形などオシャレに敏感な女子たちが増えてきて

そういう可愛くて目立つ子たちがクラスの中心になっていきます。

 

クラスの女子では

・可愛くてキラキラ目立つ女子グループ

・おとなしくて控えめで地味めな女子グループ

と層が分かれていました。

 

 

で、普通に考えたら

わたしは後者のグループの属性なんだけど

当時はもうそれがコンプレックスでしょうがなかったから

何とかしてキラキラ女子グループに入りたい!

って高校に入る前から思っていました。

 

そんなわけで引き続き今度は

「明るくて流行に敏感な女の子」

を演じていくことになります。

 

・周りの子に積極的に話しかける

・メイクを覚えて可愛くする

・雑誌を読んで流行に詳しくなる

・とりあえず彼氏をつくる

 

その努力(?)のかいもあり

高校に入学してすぐに

どうにかキラキラ女子グループの子たちと仲良くなることができました。

 

でも正直なところ、このときは本当にしんどかったです。

当時は絶対認めたくなかったけど

もう明らかに無理してましたから。

 

毎日、グループのみんなで

お弁当を食べながら話すのは

 

・彼氏とのデートの話

・昨日みたドラマの話

・誰かの噂話

 

こういうのばっかりで

内心では「つまんないなぁ」って思いながらも、必死に話を合わせてました。

 

本当のわたしは

本を読むのが好きだったから、小説の話とかもしたかったし

英語の勉強が好きだったから、授業の課題の話とかも普通にしたかったんですよね。

 

でもキラキラグループにい続けるために

楽しくはないけど適当に彼氏の話をしたり

みんなの話を聞いてニコニコうなずいたり

そんな毎日をボンヤリ過ごしていました。

 

 

ばかみたいって笑われちゃうかもしれないんですけど

それもこれも本当に

引っ込み思案な自分が嫌いで

コンプレックスをこじらせまくってて

だからこういうふうに無理やり理想の自分を演じることでしか

当時は生きられなかったんでしょうね。

 

こうして振り返ると

子どものころから高校時代までは

人生で楽しかった思い出ってほとんどないなぁ

と悲しい気持ちになります。

 

ずっと何しててもつまらなくて

自分が嫌いで、毎日どこか満たされなくて

心から笑った記憶もほぼ無くて…

 

ものすごく何かが嫌!とかではなかったけど

なんだか毎日が息苦しくて

当時は生きるのが本当につまらなかったです。

 

 

そんな中で高校3年生になり

周りと同じく大学受験を志すわけですが

 

学校に行かずに家でひとりで勉強できるから

受験期のほうが

高校生活よりずっと楽に感じてました。

 

特別頭がいいわけでもないし

勉強はそこまで好きじゃなかったけど

合わない友達と無理にテンションあげて話すより

ひとりで黙々と勉強できる環境が、この時はマジでありがたかったです。笑

 

ちょうど付き合っていた彼氏に振られるというショックな事件もあり

何もかも忘れるように

ひたすら勉強する日々を過ごします。

 

そんなこんなで受験を乗り越え

なんとか受かった東京の私立大学に進学しました。

 

もつ鍋屋のバイトで人生が変わった大学時代

暗黒期だった高校を卒業し

わたしは晴れて大学生になりました。

 

中学のバスケ部とか

高校のキラキラ女子グループで

「自分を演じる」ことに疲れ切っていたわたし。

 

幸い大学になると高校までのように

クラス単位で活動することが少ないので

友達を作っても作らなくてもいい、という自由な雰囲気が

なんとも気楽で大好きでした。笑

 

 

さて、私立大学に進学したこともあり

4人兄弟だった我が家には十分なお金がなかったので

大学に入ってからアルバイトを始めました。

 

 

本当はみんながやってる飲食店バイトに漠然と憧れがあったけど

人見知りのわたしが接客業なんて

また無理してやって疲れてしまうのは目に見えてたのでw

初めは塾講師のバイトをしていました。

 

中学生とか高校生相手だと

いくら人見知りのわたしといえど

さすがに喋ることができましたね。笑

 

集団指導より個別指導をメインでやらせてもらっていたので

それもありがたかったですね。

 

 

だけどひとつ問題があって

 

塾講師のバイトは時給は高いんだけど

生徒が来る放課後~夜の数時間しかバイトに入れないので

なかなか稼ぎにくいぞ、ということに気づきます。。

 

じゃあ何かバイトをかけもちしようかな?と思った時

 

ちょうど地元の近くの駅を歩いていた時に

個人経営らしき小さなカフェに貼ってあった

「アルバイト募集」の張り紙を見つけて、応募してみました。

(結局飲食店への憧れが捨てきれず。笑)

 

カフェならのんびりした雰囲気だし

そんなに注文が多いわけでもないから

人見知りのわたしでも何とかできるかな、

 

こうやってちょっとずつ人見知りも克服していけたらいいなぁ、

と思っていましたね。

 

 

ところが

このカフェで働き始めて1年くらい経ち

事件が起こります。

 

 

個人経営のカフェだったんですが

オーナーがお店をたたんで建物を貸しに出す

という話を聞きました。

 

せっかく良いバイト見つけたのに

また新しくバイト探すのか、、嫌だな、、

 

と思っていたら

オーナーが言いました。

 

「お店の借り手が見つかったんだけど、希望者はそこで引き続き雇ってくれるって」

 

話を聞いてみると

新たにオープンするのはどうやらもつ鍋屋さん。

まあいわゆる居酒屋です。

 

居酒屋バイトのイメージって

酔っ払い相手に接客するとか

元気な感じの子が多いんじゃないかとか

正直マイナスなイメージばっかりだったんですけど…

 

とりあえずバイトを探さなくて済むし

次のバイトを見つけるまでの繋ぎにしよう。

 

と思い、そのまま雇ってもらうことになりました。

 

 

実はこのもつ鍋屋で

わたしの人生が徐々に変わっていくことになります。

 

バイト時代のお話はこちらの記事にも。

ビジネスの楽しさはもつ鍋屋で学んだ。コンプレックスから好きを見つけた話

 

このもつ鍋屋で働いたことをきっかけに

それまでコンプレックスのかたまりだったわたしが

「努力が数字に変わりきちんと評価される」ことに楽しさを見出し始めます。

 

 

わたしがお客さんに

追加メニューをどんどん提案したり

飲み物のお代わりをこまめに聞いたり

ちょっとした工夫でも

頑張れば頑張るほどお店の売上があがって

そのうち「愛ちゃんに会いに来たよ」と言ってくれる常連のお客さんが増えていって…

 

それを店長にも認めてもらえて

褒められるのがすっごく嬉しかったんですよね。

 

そうやって周りに褒められていくと

大嫌いだった自分のことが

少しだけ好きになれたような感覚でした。

 

 

調子に乗ったわたしは

バイトのくせにちゃっかり交渉して

時給を上げてもらったりもしてました。笑

大学生バイトのくせに時給950円→1200円にあげた交渉術

 

 

しかし、そんな楽しかった大学時代も終盤になり

苦しい苦しい就職活動の時期を迎えます。

 

まさかわたしが営業に?地獄の就活と社会人1年目

大学3年になり就職活動が始まりました。

 

超人見知りで面接も下手だった上に

ずっと”将来やりたいこと”なんてとくに無かったわたし。

就活で受けた100社以上の会社ひとつ残らず全部落ちました。

 

ぶっちゃけ

今のもつ鍋バイト生活が楽しすぎて

就職なんて嫌だな~としか思ってなかったので

どれだけ色々な会社説明会に参加しても身が入らず

「こんな業界がいい」「こんな仕事したい」なんてみじんも思えませんでした。

 

でも周りは就活を始めてるし

 

とりあえずみんなと同じ真っ黒な恰好して

とりあえず名前を知ってる有名企業に行って

とりあえずみんなと同じ受け答えをして

 

ほんっとうに何も考えず、ただ流されるままに形だけの就活をしていました。

 

当然こんなわたしが

どこかから内定をもらえるはずもありません。

こうしてまた”ダメな自分”を嫌いになっていきました。

 

ただ、「就職しない」という選択肢はありえませんでした。

 

なぜかと言うと

大学の学費4年分をすべて奨学金で払っていたからです。

ちなみに、わたしが通っていた大学の学費は年間で100万円以上します。

 

つまりわたしには

卒業と同時に約450万円の借金を抱える

という事実が重くのしかかっていました。

 

 

追い詰められたわたしは仕方なく

誰も知らないような小さな食品系の商社を受けました。

そして奇跡的に内定をもらいました。

 

どんな会社だったか?というと

いわゆる超バリバリ体育会系の営業会社でした。

 

「頭より体を動かしてとにかく数字を取れ!」という方針で

どちらかというと”肉体労働が美学”とされる雰囲気でした。

 

正直、わたしのように一応そこそこ勉強して入った大学の出身者が好んで選ぶような会社ではなかったです。

 

でもだからこそ

わたしが内定をもらえたのも

その学歴を少し珍しがられて採用されただけだったと思います。

リクナビに載せる実績にできるし、みたいな。笑

 

 

なぜこんなに人見知りな性格なのに「営業職」を選んだのか?

理由は2つほどあって

 

いちばん大きな理由は

人見知りな性格へのコンプレックスを

もういい加減に解消したかった。

 

営業職ってそのためにはいい訓練かもしれないなあ

って最後の砦にかけるような思いでした。

 

そしてもうひとつ。

とにかく若くしてお金を稼ぎたかったからでした。

 

上にも書いた通り、

わたしは卒業と同時に約450万円の奨学金返済が始まることがわかっていました。

 

当時のわたしにとって

それは途方もない金額でしたが

もっと衝撃だったのは、

奨学金返済に関する冊子に書いてあった

毎月数万円ずつコツコツ返済するシュミレーションを見ていたら

なんと返済が終わるのは40代のとき。

 

途中、出産などで収入が途絶える可能性も考えると

 

もしかしたら返し終わるのは50代・・・?

それってほとんど永遠に返し続けなければいけないんじゃないか、、

 

もっと若いうちに何とかしてお金をたくさん稼いで返さなければ

と焦っていました。

 

営業職なら

もし良い成績を残せれば

その分の成果報酬をもらえる会社が多くて

そこに目がくらみました。

 

とにもかくにも

1社だけ内定を得たその営業会社に

「本当にわたしなんかが営業とかできるのかな…でも頑張らなきゃ…」

と不安な気持ちでいっぱいのまま入社します。

 

 

入社してからは

営業=元気!根性!ノリ!

みたいなイメージがとにかく強かったので(どんなイメージw)

周りの営業マンの真似をして

やっぱり「明るい体育会系キャラ」を演じるように仕事をしていました。

 

 

でもどんなに真面目にがんばっても

営業成績はまったく鳴かず飛ばずでした。

 

人見知りなのに毎日初対面の会社に訪問しなきゃいけない辛さ

売り込みができずに断られ続ける辛さ

毎日、最下位に名前が載っている成績の順位表を社内に回覧される恥ずかしさ。

 

 

今まで勉強もそこそこ頑張ってきたのに

どうしてこんなに何も出来ないんだろう…

やっぱり自分はダメなんだな…

営業なんて向いてない。

 

そう思っては

家に帰って毎日のように泣き、

相変わらず自分に自信も持てず

自己否定で心はボロボロでした。

 

それでも

「ダメな自分を変えたい」と思って始めた営業の仕事だったから

ここで折れたら人生終わりだ…

なんとか自分を奮い立たせて働きました。

 

1年経てばどうにか少しずつ成績があがり始めたものの

競合他社との値下げ合戦をする”薄利多売”な業界に限界を感じ、社会人2年目には早々に転職を決意します。

 

24歳、人見知りからトップ営業マンへまさかの大逆転劇

転職して新しく飛び込んだのは

広告業界のベンチャー企業でした。

 

けれど心機一転、新しい会社になったはいいものの

現実はやっぱりつらいことばっかりでした。

 

飛び込み訪問して、お客さんに渡した名刺を目の前でシュレッダーにかけられたり

営業電話をして、電話口で名乗った瞬間に怒鳴られガチャ切りされる…

 

そんな経験を死ぬほどしました。

もう本当に心が折れそうになることばかりで。

 

真冬の夜の真っ暗な帰り道を、一人でおえつするほど泣きながら歩いたこともあります。泣

 

 

しかし、この会社で、わたしは衝撃の事実に気が付くのです。

 

何があったか?というと

入社当時わたしのデスクは

たまたま会社でいちばん売れている営業の先輩の隣でした。

 

なんせ1社目の会社では、売れる営業マンはいわゆる体育会系で、元気でノリが良い男性たちばかり。

 

この先輩もそういう人なのかな?

と思っていたら

実はこの先輩が、体育会系とはまったく逆のタイプだったんです。

 

 

ある日、研修でその先輩の営業に同行させてもらったら

 

1時間の商談の中で

お客さんばっかり喋ってて

先輩はほとんど喋らなかったんです。

 

1社目の先輩たちみたいに

お客さんを褒めちぎったり、飲み会の約束をしなかった。

 

でも商談が終わる間際になって

先輩が1分くらい喋ったら、

お客さんがすんなり契約したんです。

 

特別な営業トークなんかないのに

ものが1分で売れるそんなシーンを見たのは初めてで

 

正直、

 

ええええええええ

何が起こってるんだ?!

なぜこれで売れる?!

 

という感じで

先輩の商談の帰り道、わたしはめちゃくちゃ興奮状態でした。。

 

 

「なんで売れたんですか?」

「いつもこうなんですか!?」

 

食い気味に質問するわたしに

先輩は言いました。

 

「俺は喋るより人の話聞くのが得意やねん、だからそうしてるだけ」

※先輩は関西出身

 

 

そこでわたしは

ようやく気づくんです。

 

みんなと同じじゃなくていいんだ…

自分の武器で勝負すれば売れるんだ

 

ということに。

 

 

それからわたしは

”明るい営業マン”を演じるのをきっぱりやめました。

残念ながら本当の自分とは正反対だったので。泣

 

 

代わりに内向的な自分の

”ものを突き詰めて考える性格”を活かして

 

誰よりも多くお客さんに会いに行って

誰よりも長く話を聞いて

誰よりもたくさんお客さんのことを考える。

 

こんな営業スタイルになっていきました。

 

そして

”人のいいところを見つけ出す”のが好きだったので

お客さんの強みや商品の魅力を

自分なりにめいっぱい探し

提案の中にどんどん取り入れるようにしました。

 

 

そしたらどうなったと思いますか?

 

すぐに反応が変わって

今までの自分では信じられないほどに、お客さんが喜んでくれました。

「こんなにうちの会社を愛してくれてありがとう」

とお礼を言われるようになりました。

 

そしてなんと

「ぜひ契約させてください」

とお客さんの方から連絡をくれるようになりました。

 

 

演じていない自分のままで

ものを売って喜ばれたことが

本当に本当に嬉しくて…

 

社会人になってから初めて、「仕事が楽しい」と思うようになりました。

 

それからのわたしは

営業が楽しくて

もっと売れるようになりたくて

もっと喜んでもらいたくて

 

心理学やセールスのテクニック、売れる営業マンの考え方…

そういう本を読みあさり

片っ端から先輩営業マンをつかまえて質問し

時には役員や社長にまで教えを請いに行きw

 

とにかく夢中で勉強しました。

 

 

そして入社して1年、

気がつけばわたしの営業成績は

なんと社内でトップになっていました。

 

 

年に1度の表彰式で

初めて全営業マンの中でMVPを総ナメした瞬間は嬉しすぎて

今までの悔しさとか

いろんな気持ちでいっぱいで、、

涙がこらえられなかったです。

 

この日の気持ちは今でも忘れられません。

 

本当にあのダメな自分がMVP?!

と何度も耳を疑って

もう本当に夢みたいな日でした(;;)

 

 

興奮して表彰式の時に撮った写真↓

 

 

 

 

 

(このばーーっと表彰状並べるのずっとやりたかったんです!笑)

 

 

本当にたくさんの人から

MVPをお祝いしてもらって

お客さんからもお礼を言われて…

 

「こんな自分にも価値があるんだ」

と心から思えたのは、わたしのコンプレックス人生の中で、生まれて初めてのことでした。

 

 

そんなわたしは25歳で

社内の期待を背負って

最年少で営業部のマネージャーに昇進し

なんと部下を持つことになります。

 

人見知りからのトップ営業マン

そして異例の大昇進。

 

マネージャーになってからは

もともと好きだった

”人の強みを見つける”力を活かし

後輩たちのいいところを片っ端から見つけて

とにかくそこを伸ばすような指導をしていきました。

 

そしたら本当にびっくりなことに

部下たち全員の成績が

おもしろいほど爆上がり状態になって

わたしはマネージャーとしても会社から表彰されるようになりました。

 

自慢のメンバーたちと表彰の嵐、、!

 

 

自分でも驚くほどの成果を残して

こんなわたしが

会社でいちばん目立つ存在になり

十分すぎるほどたくさんの評価をもらいました。

 

 

と、ここまでは仕事がかなり絶好調にきているかのように思えました。

ところがこの後、まさかの急転落期を迎えます。

 

1日の労働時間、18時間。限界を知った25歳

仕事が絶好調のわたしでしたが

ここで転機が訪れます。

 

マネージャーとして

結果を出し続けるようになると

どんどん重い業務が課され始めました。

 

「お前しかいない」

「お前には期待してる」

 

社長からも上司からも

そんな甘い言葉をかけられて。

 

 

結果、気がついたときには

ざっと見積もって5人分くらいの仕事をわたし一人に任されるという

とんでもない状況に陥っていました。

 

覚えてる限りだと…

 

・社内一高額な売上ノルマ

・チームの売上ノルマ

・部下10人の個別指導

・新規プロジェクトの責任者

・事業計画の作成

・取締役会議でのプレゼン

 

など、思わずいじめか?と錯覚するくらい

当時25歳のわたしにはいっぱいいっぱいの状況でした。

 

 

でも

今までつらくても色々乗り越えてきた、

っていう意地もあったんでしょうね。

気持ちだけで

毎日を何とか乗り切っていました。

 

 

全員を立派に売れる営業マンに育てて

その後の長いビジネスマン人生を

充実したものにしてあげたい。

 

わたしがコンプレックスを乗り越えて

仕事が楽しくなったように

この子たちにも仕事を楽しんでほしい。

 

若いマネージャーだからって

やっぱりダメだなって思われたくない。

 

 

そんな思いが強かったので

とにかく持てる時間のすべてを使って

 

本を読んで勉強し、

自分の営業もこなし、

社内会議に出席し、

部下からの相談の時間を作り…

 

大げさじゃなく

このころは毎日が

分刻みのスケジュールでした。

 

 

早朝7時から夜中1時ごろまで

ほぼ毎日会社にいて

1日約18時間

週休1日あるかないかで

働いて働いて働きまくりました。

 

このときはすでに

楽しかったはずの仕事も

もはや楽しいとか、そういうことは考えられなくなっていました。

 

毎日を乗り越えるのに必死でした。

 

そしてそんな毎日は

わたしから睡眠や食事の時間も

心の余裕も

何もかもを奪っていきました。

 

会社、辞めよう。そう決意した26歳の夏

そんな生活を半年続けたある日

限界は、突然やってきました。

 

朝いつものように携帯のアラームが鳴って

目は覚めているのに

携帯へ伸ばしたつもりの手が動きません。

 

ピピピピ、ピピピピ…

 

一人暮らしの小さな部屋に

けたたましいアラーム音がずっと鳴り響いていました。

 

 

動きたいのに、身体が動かない。

身体が鉛のように重いのです。

 

そんなことは生まれて初めての経験でした。

 

 

「このままじゃ会議に遅刻する」

 

やっとの思いでベッドから転がり

数分かけて起き上がり

ノロノロと身支度をし始めると

 

今度は急激な吐き気に襲われました。

 

トイレに駆け込み、

床に座り込みながら

もうろうとした頭でようやく思ったこと。

 

「もう会社に行きたくない…」

 

それが、初めて身体からの”限界”サインを認めた日のことでした。

 

 

その後…

病院で「自律神経失調症」と診断を受け

休職を余儀なくされ

家で絶対安静と言われます。

 

毎日、

誰もいない一人暮らしの部屋で

一日中ベッドに横たわり

誰にも会わず、誰とも話さず

 

ぼーっと白い天井を眺めながら

ただひたすらに自分の将来を考えていました。

 

 

親や友人からは

「あまり仕事のこと考えないほうがいいよ」

と言われたけれど

 

社会に出てからもう何年もずっと、仕事しかしてこなかったから

急に時間ができても

何もやることがなかったんですよね。

 

 

働けば働くほど結果が出るのが楽しくて

 

こんなに内気で何もできない

大嫌いだった自分でも

若くても、女性でも、

社会に認められ評価されていくのが嬉しくて

 

でもだからこそ逆に

「仕事してない自分には価値がない」

とさえ思うようになってしまっていました。

 

 

だけどこんな状態になっても、

わたしは別に働くこと自体が嫌いなわけではありませんでした。

 

・目標を達成したとき

・お客様に感謝してもらえたとき

・後輩の成長を見たとき

・個人やチームで表彰されたとき

 

仕事をしていて

涙が出るほど嬉しかった瞬間は

やっぱりたくさんあって、、

 

つらかった経験も含めて

本当にダメだった自分を成長させてくれたと思えるからです。

 

でも同時に、こうも思いました。

 

・本当はもっと寝たい

・本当はもっとちゃんと食べたい

・本当はもっと友達や家族に会いたい

・本当は事務作業とか苦手でやりたくない

・本当はノルマに追われて仕事したくない

 

今まで言えなかった思いが、自分の中にはたくさんありました。

 

それまでわたしは

「会社に雇ってもらっているから」

「自分を育ててくれた会社だから」

「若いのに管理職をまかせてもらっているから」

 

もっと会社に貢献しなきゃいけない、

自分の思いばかり主張しちゃいけない

求められる役割を演じなきゃいけない

 

いつの間にかそう思うようになっていて

無意識のうちにストレスを溜め込んでいたんだな

と初めて気づいたんです。

 

こうやって身体を壊すまで

気付かないフリをして

自分の身体をないがしろにしすぎた事を

とても後悔して泣きました。

 

それからわたしは

もっと自分が自分のままでいられる働き方を

本気で探すようになります。

 

しばらく療養した後に

その広告会社を退職することに決めました。

 

内気なコンプレックスだらけの自分を

ここまで育ててくれた

大好きで大切な会社だったけど

 

「もう自分にできることはやりきった」

というのが本音でした。

 

平凡なわたしが「起業」の道を選んだ理由

実は会社を辞める前に

とある起業家の人が書いた本を

偶然手にしました。

 

その方は30歳くらいで

わたしとそう歳も変わらないのに

PC1台で、たった一人で起業していました。

 

はじめは

弁護士とか美容師とか

なにか専門の資格を持ってる人なのかな?

と思ったんですよ。

 

でも違って、

彼は大学在学中に起業したから

就職した経験が一度もないというのです。

もちろん何かの専門資格もない。

 

大学生でも、資格がなくても、

自分が誰かの役に立てる方法を見つけて

一人で起業して稼いでいるんです。

しかも、何億ものお金を。

 

それでいて

労働時間がほとんどなく

しょっちゅう旅行したり

趣味のギターを楽しんだり

美味しいものを食べに行ったりしている。

 

わたしからすれば

めちゃくちゃ異常な世界に見えるけれど

その方にとってはそれが日常。

 

 

この本との出会いは

頭をガツンと殴られたような衝撃でした。

 

わたしはそれまで

「起業」なんて才能ある人がするか

経験を重ねたおじさま達がするもので

 

平凡で未熟な自分には

無縁だと思っていたので

 

めちゃくちゃ普通の人が起業して

時間にもお金にも縛られず

好きな仕事だけをやって楽しく暮らしている。

 

「そんな世界があるなんて…嘘でしょ?」

と、あまりの衝撃で

本を読みながら震えた手の感覚を

今でも覚えています。

 

 

この本を読んだことをきっかけに

会社員としての生き方に限界を感じていたわたしは

インターネットを使って個人で起業する道に

足を踏み入れる決意をします。

 

 

そしてきちんと勉強して起業を果たした今では

人の魅力を引き出したり、

人にセールスを教えたり、

自分が本当にやりたいことだけを仕事にしています。

 

しかも、フリーランスなので

かなりマイペースに働き方を決められるようになりました。

 

例えば・・・

 

・朝は好きな時間に起きて、メイクや着替えをせずのんびり過ごす

自宅で仕事をしたり、

・気分転換に近所のカフェで仕事をすることも

・朝の満員電車や帰宅ラッシュとは無縁の生活

・平日の昼間に映画や買い物、温泉などでリフレッシュ

・それでも安定した収入源があり

・お客様に感謝される

etc…

 

 

つまり「好きなことだけを仕事に」できているわけですが

会社員として働いている方からしたら

もしかしたら、読んでいて嘘のような話に感じるかもしれません。

 

でも、すべて本当の話です。

(このブログは家族や友人も読んでるので)

 

自分には何の才能もないと思っていた

20年間コンプレックスのかたまりだったわたしが

今こうやって人生を変えられているなんて

本当にすごいことだなあ、としみじみ実感しています。

 

これからの夢

コンプレックスからの営業マン生活→成長→昇進→休職→起業…

と、なかなか波乱万丈な

わたしの人生をお伝えしてきましたが

 

本当に好きなことだけを仕事にして

自由な働き方ができている今が

人生で一番自分らしくいられる今が

わたしは本当に幸せです。

 

 

だけど、

今の幸せな生活を手に入れるまでに

わたしは5年もかかってしまいました。

 

その間には本当につらかった時期や

人生に迷ってしまったことが

すっごくたくさんありました。

 

だからこそ、これからは

かつてのわたしのように

コンプレックスを抱えてつらい思いをしてる人や

今のつまらない人生を変えたい人に

 

あなたにはこんな魅力があるよ、とか

こういう働き方・人生があるんだよという選択肢を

本気で伝えていきたいと思っています。

 

もしあなたが

わたしの物語や言葉に共感していただけるとしたら

これからぜひブログやメルマガを楽しんでいただければ、本当に嬉しく思います。

 

最後に…

長い長いプロフィールを読んでいただき、本当にありがとうございます。

感想やメッセージをいただけると更新の励みになりますので

お問い合わせフォームや各記事のコメント、ツイッターDMなどで何か一言でも送っていただけると嬉しいです。

 

たくさんのメッセージを頂いた場合には、お返事が遅くなってしまうこともありますが、頂いたメッセージにはすべて目を通しています(^^)

 

 

PS.

ちなみに…

何の資格も才能もなかったわたしが

どうやって個人ビジネスを学んで

会社を辞めて起業するに至ったのか?は

 

残念ながら今回書ききれなかったので

無料メルマガで詳しくお話しすることにしました。

 

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